これからの時代に必要なものって何だろう?と考えた時
「SNS力]かな?と思うことがある。
昔なら子供には勉強させて「学力」をつけさせることが第1だった。
それは学力が高ければ?良い大学に入り、良い会社に入り、学友も同じくグレードの高い環境に身を置いていたりするので人脈等も有利になるから・・・。
でも、これからはそうでしょうか?
全く違うと思えます。
例えば?
私は社長をしていました。
インターネットのない時代は社長でもやっていないと得られない経験がたくさんありました。いろんな人と知り合う機会もサラリーマンよりダントツに多かった。
しかし、社長時代の晩年は会社経営者どうしの付き合いよりも、会ってみて楽しい人、何かを持って発信している人とのお付き合いの方が楽しいと感じていました。むしろ何も発信しない会社経営者の方が一緒に居てもつまらないし、得るものが無い感じがしていました。
相手の職業や役職、学歴までも全く関係なく、むしろSNSのフォロワーの多い人と一緒にいる方が教えられることが多かったです。
それもそのはず、企業の宣伝広告もテレビなどの媒体よりもSNSのフォロワーの多い人にレビューしてもらった方が効果が高いわけです。
私は今はもう会社経営はやめており、普通の何でもない1個人です。
そういうバックグラウンドを失った時、必要なのは何でしょうか?
個人のビジネス的なスキルとか、特殊な身につけた技術は確かに生きていくために必要ですが、それだけでは人生は豊かになりません。
人生を豊かにするのは、人から求められる自分であることだと思います。つまりは自分の存在意義。
今、痛感しています。
社長の肩書を捨てた自分をSNSで発信してみたところ、これぐらいの人にしか興味を持ってもらえないのだと。
現実に突きつけられるリアルな数字は厳しいものです。
他人からの評価ばかりを気にして生きていくのはバカバカしいことですが、人からの評価が無い人生を送るのはもっとバカバカしい。
仕事でも趣味でも何でも良いから人から一定の評価を受けているか?その指標となるのがSNSのフォロワー数だと思います。
今まで、初対面の人に名刺を渡し自己紹介した時、その会社のランクと、その人の役職が、初対面の人の信用を担保するものでした。これからはSNSのフォロワー数がその人の信用の担保になるような気がします。
子供たちの学力の偏差値向上よりも、SNSのフォロワーの伸び数の方が企業側からも求められる時代が来そうな予感がします。
またSNSはどんなジャンルでも自分の好きなものをアップできます。
私で言えば、CB750F、モンキー、自転車、カメラ、youtube、アコギなどです。逆に言えば、自分で発信できるものはこれぐらいしかない。さらに言えば、その中でも現実は厳しくCB750F以外は評価が無いに等しい。つまり、自分のしたいことと世の評価がイコールのものを早く見るけるための実験が出来る場でもある。
あとは、評価されるものを見つける努力をするか?評価されなくても自分の好きなものを続けるか?の選択だけ。
もはやSNSで発信をしないことは、子供の頃に勉強を全くしないことに等しくなる。
私のように、この年になってトライ&エラーをするよりも子供のころからしてもらいたい。